| 社側 |
戦後、60年が経った。年を追うごとに戦争体験が風化し、戦争経験者が高齢化している。それに伴い、戦争の悲惨さが薄れ、戦争という言葉が軽く語られている。 このような現状に前にし、ラジオメディアとして戦争体験を記録しておきたいという思いで番組を制作した。戦争末期、大阪には50回以上もの空襲があり一面焼け野原になった。空襲は子供にも容赦はなかった。当時、子供だった人達も今は70歳前後。死こそ免れたものの爆撃や焼夷弾で手足を失ったり、身体に消えないケロイドの後遺症を負った人達もいる。また、孤児になった人達もいる。番組は戦争の記録とともに、戦争は終わった後も長く人々に苦しみを与え続けたことをテーマとして描いている。 |
(2)
| 委員 |
番組冒頭部は淡々とした調子で地味な印象すら受けたが、徐々に事実の重みが胸に染み入ってくる、しっかりした番組構成だった。蜥蜴の尾のように空襲で失った足が再び生えてくると信じていた、という証言者の子供時代の回想が痛く胸に響いた。 |
| 委員 |
ナレーターの原田アナウンサーの割舌が良く、聞き取り易かった。証言には全てリアリティがあり聞く者の興味を強烈に惹きつける。ただ、客観的な「大阪空襲」それ自体の姿がやや伝わりにくかった。
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| 社側 |
ふるさと=郷愁というイメージは出したくなかったので、その点には配慮して演出した。 |
| 委員 |
証言者自身の日常生活と密着した話であり、戦争の悲惨さ、恐怖感が目に浮かぶようだ。 |
| 委員 |
強烈なメッセージ性を持った番組を作り上げたことを評価したい。ラジオ大阪の番組は数多く聴いてきたが、完成度の高さでは突出している。聴取者に何度も繰り返し聞いてもらうことが重要だ。 |
| 社側 |
ラジオ大阪のHP上にて番組をオンデマンドで聴取してもらえるよう、現在作業を進めている。 |
| 委員 |
印象に残ったのは「音の記録」。空襲の爆撃音、サイレンの音——これらの音が日常生活のなかに存在したという事実を通して戦争の恐怖がより際立って伝わった。 |
| 委員 |
証言者の語る言葉の選択、非情に具体的な体験談といい語り手が素晴らしい。番組最大の成功要因は、自らの苛烈な実体験を通した証言者の言葉の重みだろう。 |
| 社側 |
事実、証言者の「言葉」無くしてはこの番組は成立し得なかった。 |
| 委員 |
「音の記録」と「証言者の言葉」が相互補完的に絡み合い、聴いていて内容を理解し易かった。戦争の悲惨さやその時代に生きた苦労などの体験談のほかに、「旧軍人と一般人との戦後保障格差」など、戦争が残した問題点についてもう一歩踏み込んでいればより立体的な構成となったのではないか。 |
| 委員 |
「番組」というより「作品」という言葉こそ相応しい秀逸な番組である。ただ、作品にリアリティを与える上で欠かせない演出であることは理解できるが、「死体」や「死臭」の話は放送上生々し過ぎるのではないかと感じた。 |
| (3) |
| 委員 |
ラジオだからこそ伝わるし伝えられる特別な感慨を持った。ラジオの魅力を再確認させてくれたという意味でも貴重な番組だ。 |
| 委員 |
戦争の記憶を語り継ぐことは不可欠。戦後60年という節目だからという訳ではなく自発的に機会をつくり、これからもその都度違った角度から戦争の検証と記録を続けるべきだ。その意味でメディアとしてのラジオ大阪が果たすべき責任と役割は大きい。 |
| 委員 |
戦争から60年経った現在も、戦争が残した負の遺産に苦しんでいる人たちがいることを伝える貴重な番組だ。作中「足は生えてこなかった」が、「生えてくるかも知れない」と信じて力強く生きる人々のため放送局として担うべき使命の重さは、戦火のなかを必死に生きた大人たちの“背中の赤ん坊”よりも重いはずだ。60年を経て平和に慣れすぎた我われを刹那的に震撼させる「爆弾」——つまりは一過性のものではなく、これからも戦争の検証と記録を絶えず続けて欲しい。 |
| 社側 |
貴重なご意見ありがとうございました。 |