| 社側 |
先天的にまったく目が見えないうえに、重度の腎臓病のため人工透析を受けなければならない柿谷有史君という24歳の青年の姿を追った番組である。彼には、俳句を創作するという生き甲斐がある。二重の障害を背負いながらも明るく、やさしく、思いやりを持った心優しい柿谷君。しかしその一方で、心の中にある「苦しみ」「悲しみ」「悩み」「ねたみ」「苛立ち」「寂しさ」。彼と彼の支えでもある母親のインタビューと、歌人で画家でもある小黒世茂さんのナレーションと俳句作品解説で番組を展開している。小黒さんが柿谷君の制作意図を自らの言葉で的確に表現しているので全体として柿谷君の内面世界を探るという番組意図をうまくと伝えることが出来たと思う。 |
| 委員 |
この番組には構成者がいるのか? |
| 社側 |
ナレーション部分においては、ある程度の原稿はある。しかし、俳句についてや微細な部分は、小黒さんが自らの言葉で語っている。 |
| 委員 |
俳句の解釈は小黒さんの解釈か? |
| 社側 |
小黒さんの解釈ではあるが、小黒さんの解釈と柿谷君の思いが一致している。彼が受けていた俳句の添削されたものを見て、彼の思いを理解していないのではないか、と小黒さんが指摘したことが、二人が上手くコミュニケーションが取れるきっかけとなった。 |
| 委員 |
小黒さんの感性を踏まえた俳句の解説が行なわれていた。小黒さんの語り口調が柔らかいため、深刻な内容を和らげていた。同時に、俳句が所々に配置されていたので、重くなりすぎることなく聞くことができた。番組全体に配置されていた音楽もまとまりがよく、特に最後の曲がとても良かった。
この曲が映画のエンディング部分のように、番組の余韻をかみしめることができる程度に流れていたので感動した。
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| 委員 |
テレビで同じ内容で取り上げても感動するだろうが、ラジオで放送することにより一つの文芸作品となっていた。欧米では同じ番組を何度も再放送している。このようなすばらしい番組は何度でも再放送すべきだ。 |
| 委員 |
小黒さんは、ナレーションの仕事を行なっているのですか? |
| 社側 |
これまでは専業主婦であった。これまでも俳句を作ったり、イラストを書いたりなどの活動は行なっていた。最近は、「熊野」についての番組をスタートさせたと聞いている。
ナレーションは今回の番組で初めて行なった。結果として、小黒さんにナレーションを担当いただいてよかった。 |
| 委員 |
初めてのナレーションにしては、聞きやすかった。タレントを採用しなかったのが良かった。
ナレーションのスピードや、間の置き方などは非常に心地良かった。 |
| 委員 |
目の見えない柿谷君の言葉の世界とラジオの想像の世界とがぴったりあっている。
テレビのように視覚を必要としないから心にすっと入ってくる。小黒さんの関西弁は、韻、音の高低、幅なども含めて印象に残る言葉だった。こういう関西弁を聞きたかった。 |
| 社側 |
視覚を持たない人たちのことを理解したいと思わせる力のある番組であった。
現在の日本の悪い環境の世間に接して柿谷君がどのように感じているのかについて聞きたかった。 |
| 委員 |
先天性障害の人が作り上げてきた感性の世界は、サポートしてきた人と一緒になって完成された感性だと思う。柿谷君の目が見えないという事実に対して最初は拒絶し、その後受容してきた過程が伝わってくる。サポートしてきた側にも苦悩があり、本人にももちろん苦悩がありそこで感性ができあがってきたのであろう。彼なりに感じているであろう苦悩やねたみなどの感情吐き出し方について考える部分が番組にはあまり出ていなかった ような気がする。そこをさらっと流し、柿谷君が点字というツール、俳句というツールを使って新しい世界に入り、現実の自分の姿を受容し新しい世界をどんどん作っていったということに感動を覚えた。 |
| 委員 |
色や形がない世界なのでラジオでの放送がテレビよりも強い武器になっている。
障害を持つ人との共同社会において、医療に携わる人間も、障害を持つ人たちが生かされている存在ではなく、生きていける存在になるためにはどうすればいいのかを考える上で非常に重要なアプローチとなり、ヒントになる番組であった。 |
| 委員 |
ラジオドキュメンタリー力を再認識した。ラジオを真剣に聞くことやラジオドキュメンタリーを聞くということがそれほどなかったが、この番組は、ラジオのドキュメンタリーの力を遺憾なく発揮できていた作品であった。目が見えない柿谷君の世界と、音の世界、言葉の世界が上手く構成されていた。どういう形で聞かせるか、どのような時間に聞かせるかを考え、うまくリスナーに届けないと、すばらしい作品が埋没してしまう。 |
| 委員 |
ラジオの聞き方は一般的に「ながら」聞きなので、会社で仕事しながら聞いてみたが、まったく内容が入って来なかった。意外と頭に入ってきたのがテレビを見ながら聞いた時であった。同時に、テレビが考えなくても大丈夫なのだということを感じた。この番組は自分が番組に入り込まないと理解することが出来ない番組だと思う。 |
| 委員 |
番組への反響のお便りなどはどのようなものであったか? |
| 社側 |
親子の物語的な部分があったので、お母さんが主人公のような印象を受けた。
親子の愛情を感じたなどの反響があった。 |
| 委員 |
柿谷君の孤独についてお母さんが振り返っている部分があったが、彼自身がどう思っているのかを聞きたかった。また、障害を持った人の話を取り上げるとつい弱者的な取り上げ方や、「かわいそう」という観点になりがちだが、親の立場は果たしてどうなのか?これほどまでに本人の声を語らせるのならば、そのあたりの部分を取り上げても良かったので はないか。 |
| 委員 |
最初の印象は、OBCというよりNHKの番組みたいだった。最近のNHKがかっての輝きを失っている中で、すばらしい番組だ。最近話題になっている障害をテーマとしたテレビドラマは作られた印象を受けたが、この番組はまったく異なっていた。3人の子供を持つ親として子育てには日々悩まされている。特徴を活かし長所を活かした子育てを考えてはいるが、言うのは簡単だが実際はとても難しい。番組中でお母さんが「特徴を活かしてこの子なりの人生を 歩ませたい」という部分は子育てのヒントを与えられた。 |
| 委員 |
「希薄な人生に憧れる時があった」という部分が印象的であった。柿谷君は、ハンディキャップを忘れさせるほどに明るく生きる姿があるけれども、今の若い人が何も考えず過ごしている姿に対する想いを聞いてみたかった。切なかった。ハンディーを忘れることはできないが、できることならないほうが良いという人間的な一言に切なさを感じた。俳句にしても見ることが出来ない情景を的確に表現していたのが感動的であった。 |
| 委員 |
柿谷君自身にはさまざまな困難があると思うが、お母さんの我が子を包む愛の広さに感動した。柿谷君にめぐり合えて幸せだったという言葉とお母さんの思いに感動させられた。本人と、お母さんと小黒さんの三者の構成がうまくなされていた。技術的な音のレベルがナレーションと現場での声が違いすぎて聞きにくいところがあった。
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| 委員 |
世間への怒りやいらだちを俳句に出して欲しい。 |
| 社側 |
柿谷君は、障害者俳句は好きではない。本人の作品にもそのような句が少ない。障害者である前に人間であるのでという感情を詠みたいという考えがあるようだ。 |
| 委員 |
彼には、私たちとは比べようもないほどの感性がある。「青」色を概念として持たないのに句に詠むという感性のすばらしさに感動した。彼には、彼なりの青があるのだろう。 |
| 委員 |
「青」も人それぞれであるので、ラジオで聞いている人には通じる想いがある。テレビで山といえば、みんなが同じ山を視覚を通して感じ取るが、ラジオはそれぞれの想像によって異なる。 |
| 委員 |
私たちは、視覚を通さないと理解できないと思っているのではないか。あまりにもその状態に慣れすぎているので、番組を通して、想像が生み出す世界についてが気付かされる。 |
| 委員 |
普段のラジオ番組とは違ったラジオの力を感じることができる。このよう番組をじっくり聞くと、あらためてラジオのすばらしさを思い直す。このような番組を日常的に作るのは難しいとは思うが、もっと聞けたらと思う。 |
| 社側 |
貴重なご意見ありがとうございました。 |