| 社 側 |
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太平洋戦争末期、大阪に模擬原爆が落とされていたが、その事について知る
人は少ない。広島に実物の原爆が落とされる11日前のことだった。模擬原爆
とはどういうものだったのか、どういう目的で投下されたのか。本日審議してい
ただく「大阪に模擬原爆が落とされた」は、模擬原爆投下の背景をたどりながら、
戦争の悲惨さ、被爆者の苦悩などを訴える。
戦争の体験を語り伝えられる人が年々少くなり、日常語る機会も少くなってきて
いる。声の記録、音の記録として残したいと考えた。
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委 員
(書面参加) |
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模擬原爆の実験を各地で続けて、少しずつ投下がうまくなっていったという事実
は、強烈なインパクトを与える。
ほとんど知られていなかった「模擬原爆」という素材は、たいへん新鮮で印象の
強いものだったが、この番組のテーマは「語り」そのものにあると受け取った。
戦争の非人間性が、それを語る体験者達の語り口がおおげさでないため、かえ
って新鮮に浮かびあがってきている。被爆者の痛切な告白は胸にせまるものが
ある。
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委 員
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いま大阪ドームのあるあたりに零戦のエンジンをつくる軍事工場があり、父の
仕事の関係でその近くに住んでいたので小さいながらも怖かった記憶がある。
番組の効果音は、空襲の恐ろしさをよみがえらせるのに効果的に使われている。
自分自身が戦争問題に整理のつかない中で、この番組の正確な事実だけを聞
くことにより、なにかほっとした気持ちになれた。一度限りでなく、これからも何ら
かの方法でこの貴重な記録を聞かせていってもらう方法はないか。
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| 委 員 |
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上質な番組だ。5トン爆弾という巨大なものを作らなければならなかった必要性
やその背景、また無差別爆撃から原爆投下に至った道すじもよくわかった。
資料をもとにした数字も裏付けがあり理解しやすいものだ。ただ大阪に住む広島
の被爆者が苦しみを乗りこえ語り部になる決心をした話は、番組を最後まで聞い
てはじめてわかる。大阪から広島に話を持っていく過程に無理があるようだ。
この番組を自分の体験と相まって聞かせてもらった。
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| 委 員 |
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当時、奈良に住んでいて直接空襲を受けた体験はないが奈良に逃げて来た人の
ことは、今もはっきりと思い出す。悲惨な状況である戦争を特別な政治目的を持
たずに語り部として未来に伝えていくことは大切なことだ。
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| 委 員 |
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シリアスで重い番組だがよくまとまった番組だ。私自身も堺で悲惨な状況をたくさ
ん体験したが、悲惨さをあまり感じないほどにマヒしていたように思う。
語り部の話は聞いてすぐは感動もあるが、忘れるのも早い。もどかしく、むなしさが
あるようにも思える。
使われていた音楽は雰囲気がよく出ていた。どのように選曲したのか。
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| 社 側 |
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場面展開のため映画音楽から編集して使用した。自分自身のイメージにあったの
でパイプオルガンの演奏も使用した。
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| 委 員 |
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我が家も大阪難波で焼け出されすべてをなくした。番組を聞いて、つらい部分や思
い出 すことがいっぱいだ。8月は私にとって鎮魂ということが常についてまわる。
模擬原爆の話から被爆者の苦しみへと展開する番組構成はしっかりとした考えの
もとに作られている。模擬原爆の話と被爆者の苦しみを別々に取り上げたら、また
違ったものになっていたかもしれない。
ことばや体験など残す方法はいろいろあるが、それを記録に残しておくのはラジオ
の大切な役割だ。
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| 委 員 |
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番組を聞いて泣いたのは初めてだ。新聞の記事もラジオも主観的であるべきだと
思っている。制作者の田辺での活動や関わりを以前から知っていたので、これは
自然の流れで必然的に制作されたものだとわかる。理屈ではなく情を番組にぶつ
けていることが聞いている人を感動させるのではないか。予行爆撃、実験爆撃は
たいへん残酷なものだ。模擬という言葉を使っていることにもの足りなさを感じて
いる。これきりでなく、繰り返し放送していってほしい。
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| 委 員 長 |
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大阪空襲の話はよく聞くが、この番組で大阪で原爆投下の予行爆撃を行ったこと
を知った。一度も聞いたことがないので、本当にそんなことがあったのか半信半疑
だった。その頃に、模擬原爆ということばを使っていたのか。
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| 社 側 |
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10年位前にある市民団体が国会図書館でアメリカが模擬原爆での練習をした資
料を見つけた。英語でスペシャルボンと書かれていた。
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| 委 員 長 |
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語り継ぎの記録は音と声の記録として長く残して欲しい。
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| 社 側 |
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今日は貴重なご意見をありがとうございました。
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